旋律にも味がある——あなたや私には味わえなくても、阿命にとっては、毎食欠かせないものなのだ。
阿命はCF21号惑星からやってきた宇宙人で、幼い頃から「おいしい」とは何なのかを知らずに育った。彼の故郷の人々には味覚も嗅覚もなく、泥のような栄養液を飲み下し、蝋のような食料ブロックを噛むばかり。食事という行為はすべて、生命を維持するためにやむなくこなす、苦しい鍛錬とみなされていた。
大人になった阿命は、星間旅行の最中にうっかりブラックホールに巻き込まれ、地球へとやってきた。見知らぬ環境に放り出されてすっかり慌てた阿命は、一刻も早く逃げ出す方法を考えようとしたが、ふわりと漂ってきた甘い香りに、思わず足を止めた。
あれ? ちょっと待って? この感覚はいったい何? 「甘い香り」なんて言葉さえ、わけもわからず頭に浮かんできた奇妙な言葉で……。阿命はたまらずあたりを探し回り、ついに道端の大道芸人の手の中に答えを見つけた。数えきれないほどの「おいしい」旋律が、ギターと呼ばれる楽器から次々とあふれ出していたのだ。阿命は思わず口を小さく開けた。それは、彼が生まれて初めて、食べる喜びを知った瞬間だった。大小さまざまな音符が味蕾を刺激し、高く低く響く音色が鼻腔に染み込んでいく。それ以来、阿命が故郷へ逃げ帰ろうと考えたことは一度もない。この異世界のごちそうたちのおかげで、阿命は抜け出せないほどの幸せにどっぷり浸っているのだ。
酸っぱいのはハーモニカで漬け込んだ別れ、甘いのは子どもの歌声で焼き上げたお祝い、苦いのは二胡でことこと煮込んだ物悲しさ、辛いのはハンドドラムで炒め上げた熱狂……。阿命はこの星の喜怒哀楽が大好きでたまらない。だからこそ、いま手にしているチラシの広告が、気になって仕方がないのだ。
「配信を始めよう! 地球上で最も言葉にしがたい美味なる旋律が、画面の前であなたを待っている!」
……約束だよ、ウソついたら許さないからね!
これからの活躍に、どうぞご期待ください。